医療機関インタビュー
等潤病院 ~医療勤務環境改善は経営戦略~
所在地 | 東京都足立区 |
病床数 | 164床 |
主たる医療機能 | 急性期 |
職員数 | 251人(医師30.1人、看護師101.7人、看護補助者34.0人)(常勤換算) |
インタビュー記事
理事長・院長 伊藤 雅史氏
等潤病院は東京都足立区にあり、救急医療など地域に必要な医療を担っている。
理事長・院長である伊藤雅史氏が取り組んだ、医療勤務環境改善の取組みについて伊藤希世子理事とともに話を聞いた。
-医療勤務環境改善に着手したきっかけを教えてください
伊藤理事長 11年前に理事長に就任した際、経営が危機的状況にあったこと。そして職員がなんとなく楽しそうに働いていない、やりがいを持って働いていないという感じがしたからである。また、本来整っているはずの給与表や人事上のいろんな規則がなく、「言ったもの勝ち」のようなコンプライアンスに欠けている状態であった。経営とともに人事・労務管理や職員の満足度向上に取り組まなければいけないと感じて始めた。
新しくこうしたことを始める場合、「業務改善が必要だから」「労基対策が必要だから」のように必要性に迫られて行うのではなくて、なぜそれをやらなきゃいけないかということを十分に医療機関で考えておくべきだと思う。等潤病院の役割として求められている機能をしっかりと残しながら、それを永続的に行うというのが一番の大きな目標で、そのために何をしなければいけないかということを考えていった。病院をどう経営すべきか、どう運営するべきかを見据えた上で、必要なものは何かという観点で取り組んでいくのが大事だと思うし、病院は経営管理と人事・労務管理を両輪として考えるべきだと思っている。
-取組みの流れを教えてください
伊藤理事長 職員が感じている問題点と法人としての問題点を洗い出すために、職員満足度調査を行った。職員満足度調査は第三者に依頼して、調査票は全て封書に入れて郵送するという形で行い、経営者も調査の報告書しか見ておらず、各人の記載内容は見ていない。 職員満足度調査の結果はすべての項目が平均以下で、非常にショッキングな内容だった。満足度が低い一番の要因は、人事制度の不備と組織にマネジメント能力が無いということだった。頑張った人が報われるような評価制度の導入や、各部署のリーダーが指導力を発揮できるような環境づくりの取組みを始めた。 取組みを行っていく上で、社会保険労務士、経営コンサルタント(公認会計士)、弁護士といった「プロ」に入ってもらった。私は人事・労務管理は「公平、公正であり、透明性を持って、法律に従ったものでなければならないし、良識的なものでないといけない」と考えている。このようなことを満たすには、やはりプロの意見を聞かなければいけないと考えた。また、第三者のプロに入ってもらうことで、私自身の判断にも説得力をもたせることができた。
-職員満足度調査を生かしてどのようなことを行ったのですか
伊藤希世子理事 社労士と相談し、人事給与制度を改革し、人事考課制度を設けたことが主であり、人事考課は昇格・昇進・昇給、並びに成果給としての賞与に反映させた。 もともとは定期昇給もないような状況であったが、基本給として、年齢給・勤続給、そして経験に応じた給与を保証するといった職能給を設定し、その体系の上に成果給として賞与を設定した。賞与はどの職種についても差が発生するので、個人の好みや感情が入らないように、4段階で考課している。 自分で立てた目標について、どう努力して、どういう成果を得たかという絶対評価である本人評価の一次考課。それを直属の上司が見る二次考課。各職種の管理職、部長クラスと顧問の社労士とで客観的な意見を交えて相対評価を入れた三次考課を行い、最後に人品に大きく関わるところを社労士と伊藤理事長で加味する四次考課を行っている。 最終的にSS,S,A,B,Cのランクがあり、A+やA-のいった細かいランク分けが生じるので全部で8ランクに分かれる。そのため、一番下と一番上では結構な差が生じる。本当に誠実な人というのは声も上げずに一生懸命である。声の大きい人が不満やマイナスのことを言い、そればかりが目立つ。誠実に仕事に取り組んでいる人が高く評価されているのが自明の理として見えることにより、そういった人に安心して定着してもらうということが目的である。
-取組みに対する院内の反応を教えてください
伊藤理事長 就業規則と給与制度の改革について説明会を4回行った。社労士から説明してもらったところ、4回予定していた2回目が終わった後に、社労士自身が経験したことのないほど多くの批判がでた。このまま改革を進めると病院が立ち行かなくなってしまうので説明会と制度変更をやめようと提案があったが、私は「一度ここで引き返してしまうともとに戻ってしまうし、次の機会もなくなる。我々は職員のため、そして地域医療を守るために今改革をやっているのであり、到底それを変えることはできない。仮に職員が辞めたとしても、残った人たちで同じ目標を持ってやって行こう」と言った。 結果として説明会は最後まで開催され、最終的には職員の了承を得られた。この新たな人事給与制度は決して職員に対して不利益な変更を強いるようなものではない。しかし、変化に対する漠然とした反発・抵抗だけではなく、それまでわがままを言っていい思いをしてきた人からすると、そういう規則に縛られたくないという意識があったようである。 また、最も重要な事は理論武装だと感じた。コンプライアンスを遵守する形で運営されている客観性と公正さというものは、一時的には感情で物を言っていても、後々には理解されるものである。 どうしても医療界は人手不足なので、辞められては困るためいろいろと個人的な要求を聞いてしまうが、個人に寄り添い始めるとキリがない。法人の理念・方向性に賛同できない人についてはいつまでも慰留するわけにはいかない。
-規則は順調に定着したのですか
伊藤希世子理事 規則を変えることも大変だが、運用は更に大変で、いうなれば「闘い」である。
伊藤理事長 実際に運用を定着させたのは人事担当や看護部長や事務局長など、管理職や担当者である。そういう人たちが各個人の細やかな問題点と向き合っている。人情的には言うことを聞いてあげたいけど、ルールや法律に則り説明をおこない、他の人も理解し協力しているということを説いて納得してもらう。このようなところは本当に管理職・担当者の知恵と熱意による闘いである。
伊藤希世子理事 実際に職員に対して旗振りをしてくれるのは管理職の方々である。管理職の方々に対して繰り返し説明し、説得することによってしっかり理解していただいて、そして現場の旗振りをしていただいた。制度が定着した要因は管理職の方々の尽力と、その方々をしっかりと教育したことである。
伊藤理事長 規則の改定時、多くの反発はあったが、結局誰も辞めなかった。しかし、それから1・2年経つと、主導して不満を言っていた人は段々と病院からドロップアウトしていった。それは、管理職の多くが経営陣の目指しているところを理解してくれ、現場レベルで経営陣と同じような考えが浸透していったため、反発していた人が居づらくなってしまったのだと思う。
-人事制度の改革に伴って生まれた成果を教えてください
伊藤理事長 看護師の離職率低下(5年間で36%から11.5%)や、自己応募数の増加(自己応募率36%から80%)が挙げられる。これによって紹介会社の利用に支払う紹介料が85%削減できた。さらに、職員から働き方の提案も出るようになってきており、看護部においてはリリーフの相談も毎朝現場で話し合っているようである。また、時間移動、収支、時間の数値が全職員で見られるシステム(京セラ式病院原価管理手法)になっているが、時間に対する価値観も芽生え、時間移動が当たり前のようになった。
-最後に経営者に対してメッセージを
伊藤理事長 勤務環境を整えるということは経営改善に必ずプラスになる。最初は時間も費用もかかるが、直近の成果ではなく、5年、10年後の成果への投資である。医療の経営環境や人員の問題も厳しくなっていく中で、今これに取り組まないと、10年先にもしかしたら立ち行かなくなっているかもしれない。短期間的な目ではなくて、5年、10年先のご自身の法人、もっというと地域医療に対して、どう向かっていけるのかを考えるべきである。